まるで漫画のような実話。19歳で「ギャルの若女将」になった彼女が、赤字の温泉を"聖地"に変身させた話

『激レアさんを連れてきた。』にて取り上げられたことで話題を集めた、通称「ギャル女将」の村越芽生(むらこし・めい)さん。彼女はなぜ、19歳という若さで実家の『聖石温泉』を継いだのだろうか?

福島県・田村市にある人気温泉地の『奥州福島 聖石温泉(ひじりいしおんせん)』。

田村市は人口約4万人の田舎町で、『聖石温泉』も最寄りの駅である船引駅からは6kmほど離れており、決してアクセスがいいとは言えない。


しかし、ここは「バイカーの聖地」として知られており、県外問わず、全国から旅人やキャンパーが訪れるほど人気を集めている。

今や全国的に名前が知られている『聖石温泉』だが、数年前までは赤字が続いていた。黒字化したのは女将が入れ替わった2018年からだという。


経営の立て直しに貢献したのは『聖石温泉』の長女である村越芽生さん(22)だ。

村越さんは、ファッションやメイクなどの投稿が人気のインフルエンサー。中学生の時に始めたブログとライブ配信が注目を集め、「めいめい」の愛称で親しまれている。

そんな彼女は3人兄弟の長女として生まれ、19歳の時に『聖石温泉』の女将を継いだ。

2020年にはテレビ朝日の番組『激レアさんを連れてきた。』にて取り上げられ話題になり、その名が全国へ広まった。


なぜ、彼女は10代という若さで実家を継ぐことになったのだろうか?また、どのように『聖石温泉』を再建したのか。村越さんに話を聞いた。

女将である祖母の家出。大切な居場所を守るため、私が継ごうと思った

ーー村越さんは学生時代からインフルエンサーとして人気でしたが、19歳の時に『聖石温泉』の若女将に就任されました。なぜ女将の道を選ばれたのでしょうか。

当時の女将だった祖母と温泉の代表である私の父が経営方針の違いで揉めて、祖母が家出をしてしまったんです。

そこで父に「女将不在の温泉になっちゃったから、少し早いけど挑戦してみるか」と提案されて、引き受けることになりました。


ーー若女将を任された時、村越さんはまだ19歳だったんですよね。戸惑いはなかったのでしょうか。

ありませんでした。

誰かに言われたわけではないのですが、小さい頃から自分の中でなんとなく「長女の私が継ぐんだろうな」と感じていたので。

若女将の話が出た時、まだ私は調理師学校の学生で、卒業間際の時期でした。

特にやりたいことがなくて、卒業ギリギリになっても就職先は決まっていませんでした。

そんな時に女将をやってみないかという話をもらいました。

不安はありましたが、それ以上に「絶対に聖石温泉をなくしたくない」という想いが強くあったので、若女将になる道を選びました。

同級生が地元に残らないことへの衝撃。私が田村市を盛り上げていこうと決意した

ーー村越さんは調理師学校を卒業したということですが、経営はどのように学んだのですか?

2018年8月から、市がやっている「田村市産業人材育成塾」という、地域産業を担うリーダー人材を育てるプログラムに5ヶ月間参加していたんです。

そこでは県内外の経営者の方々からお話を聞いて、ビジネスについて勉強をしていました。

他の受講者は若くても30歳くらいで、私が断トツで最年少だったんですが、何かわからないことや相談ごとがあると、みなさんが一緒になって教えてくれたり、アイデアを出してくれたりして。

私はその分、自分が知っているSNSなどのことについて知見を共有したりして、協力し合っていました。

そういう周りのすごい方々に引っ張ってもらっていると、本当にありがたいなと思いますね。

私も次の世代の見本となれるような大人になって、地元に還元しなきゃなと思うようになりました。


ーーインフルエンサーとしての経験を活かして、モデルや芸能界の道に進もうとは思わなかったんですか。

思わなかったです。

動画配信もブログも、最初は純粋に楽しんでやっていたんですが、見てくれる人が増えるにつれて、アンチコメントなども受け取るようになって。

発信している以上、仕方ないことだなとは思いつつも、疲れてしまったんですよね。趣味で始めたものなのに、このままじゃ嫌になってしまう…と思いました。

私にとって「趣味=息抜き」なので、それを仕事にするのは違うな、と。だったらずっと楽しいと思えることを仕事にするのが自分には合っているんです。

それが私にとっては自分の住んでいる場所とか、地元に関することだったんですよね。


ーー実家の『聖石温泉』がすごく好きだったんですね。

「温泉の仕事をやりたい」とか「家業だから継がなきゃ」ではなく、『聖石温泉』が私にとって大切な居場所だったから、残さなきゃいけないと感じていました。

小さい頃、近所の方々にかわいがってもらったりとか、楽しい思い出がここにはたくさん詰まっていて。

近くに住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんも、ここに集まっておしゃべりするのを楽しんでいましたし、私だけじゃなくて、いろんな人の居場所でもありました。

あとは、地元である田村市全体を盛り上げていきたいなという想いもあって。

私は事情があって小学校4年生から高校生の時期を隣町で過ごしていたんですが、地元に戻った時、同級生が全然いないことに衝撃を受けたんです。

同窓会へ行っても、残っているのは私と市役所に務めている子の2人だけ。

田村市って、私にとっては大切な場所なのに、地元に残りたいと思う子がこんなに少ないんだなあと。

人が減り、周りのお店もお客さんが来なくて廃れてしまうのを見るのがすごく悲しくて。

私が『聖石温泉』を盛り上げて、他のお店にも活気が戻ってほしいなと思いました。

そして同級生や若い子がいつか「戻りたい」と思えるような場所にできればと願っています。

自身の経験を活かしてSNSを最大限に活用。地元の人だけでなく、全国へ情報を届ける

ーー村越さんが若女将に就任してから、『聖石温泉』は人気温泉地として知名度を広げていきました。どんなことに取り組んだのでしょうか?

まずはSNSですね。それまでTwitterのアカウント自体はあったものの、全く活用できていなかったので。

あとは今までやっていなかったFacebook、Instagramのアカウントを新たに開設しました。

Twitterは情報共有しているバイカーさんや旅人さん、キャンパーさんなどからのフォローが多く、温泉のツイートをよく拡散していただいています。

Facebookはどちらかというと年齢層が高めで、温泉が好きなおじいちゃんやおばあちゃんに向けて発信しています。

Instagramだと、旅人まではいかないライトなキャンパーさんがハッシュタグなどで見つけてきてくれますね。

❓『キャンプ場ってどこ?遠いの?』 ってよく聞かれるので実際に歩いてみた

微博:#hijiriishi

SNSの運用をしていくうちに、『聖石温泉』はバイカーや旅人、キャンパーさんの方々に反応してもらえることが分かりました。

そこで、お店のみんなと相談して、近くの広場をキャンプ場として利用できるようにしたり、内装を座敷からコンクリートにして、バイカーの方たちが気軽に出入りできるようにしました。

「おしゃれしてる若者」への偏見。ブレずに自分を貫いたら、いつしか認められるようになった

ーー勝手なイメージですが、田舎町だと、前例のない若女将の就任って風当たりが強そうです。

そうですね。

聖石温泉はお年寄りのお客様が多く、最初は常連の方たちに私の見た目や格好についてかなり言われていました。

田舎の「こうあるべき」が強く根付いているからだと思うんですけど。

「自分たちが苦労してきた分、若者も真面目に苦労をするべき」「女将=黒髪で着物を着ているのが当然」みたいな。

私自身、見た目で誤解されやすいのですが、すごく真面目な性格なんですよ。ギャルの服装やメイクがただただ好きってだけで。

むしろ「ギャルファッション=不良」と思われやすい分、余計しっかりしているつもりではあるんですが、どうしてもチャラチャラしてる、遊んでると思われてしまうんですよね。

ーーそういう時ってどう対応するんでしょうか。

正直、そんなに気にしてなくて「そういう考え方もあるんだな〜」と受け流していました。

だって、自分のおばあちゃんやおじいちゃんと同じくらいの年齢差があったら、生きてきた時代も違うし、考え方も合わなくて当然じゃないですか。

私の感性に合わせてもらう方が難しいと思うんですよね。

心のなかで「あなたの考え方は理解できますが、私にはこういうスタンスがあります」とは思いつつも、接客業なので、お客様を否定はせず、不快にならないよう流すようにしていました。

そもそも、認められようが認められまいが、女将としてやるべきことはやらなきゃいけないので。何か文句を言ってくる方であっても、大切なお客様であることに変わりはないですし。

ーー就任してから今年で4年が経ちます。就任当時と比べて今はどうですか?

見た目に対して言われることはなくなりましたし、若女将として受け入れられていると感じています。

私は1ヶ月ごとに髪色を変えるんですが、若女将に就任してから半年が経った時に、シルバーのベースに青のインナーっていう、結構派手なヘアカラーをした時があったんです。

いつものようにお店に立っていたら、髪色について特に言ってくるお客様がいらっしゃるのが見えて。「今日はなんて言われるかな」なんて待っていたんですが、全然何も言ってこないんですよ。

どうしたんだろうと思って、私から「髪色変えたんですよ」と声を掛けたら「ああ、気づかなかった」なんて言われて!

その辺から青にしようが赤にしようがピンクにしようが、何も言われないようになりましたね。

髪色を変えたことにすら気づかれないようになって、もう逆に悲しいくらいです(笑)

お客様がもう私に慣れちゃったのか、それとも何を言っても無駄だと思われたんでしょうかね…。

地元の人にたくさん支えられたから。今度は自分がみんなの力になっていきたい


ーー村越さんからは田村市に対する地元愛を強く感じるのですが、その想いはどのように培われたのでしょうか。

人と人との距離が近いぶん、本当に周りの人に良くしてもらっているんですよ。

家の近くを散歩していると、絶対誰かが話しかけてくれますし、「白菜あっか?」「とうみぎ(トウモロコシ)あっか?」とか聞かれて「ないです」と答えると、持ちきれないくらいたくさんくれたり。

私にとっては当たり前の日常なんですが、友達の話を聞いていると、普通ではあまりないことなんですよね。

あとは、旦那さんがなくなって一人で暮らしているお年寄りの方の家へたまに顔を出しに行ってるんですが、一緒に座って話していると、本当に家族というか…自分の本当のおばあちゃんのような気がしてくるんですよ。向こうも、私を実の孫のようにかわいがってくれて。

本当に地元の人達には助けてもらっているので、自分もその分、頑張ってみなさんの力になりたいですね。

今は、温泉に来てくれたお客様たちに田村市のことを好きになってもらえるよう、地元のお店をたくさん紹介しているんです。

でも、そもそも「田村市」を知らない方々へのアプローチも大事だと感じていて。

いかに興味を持ってもらい、遊びに来てもらうか。自分の行動できる時間や経験を活かして、効果的な発信方法を模索していきたいと考えています。

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